「…那岐!」
先を行く見慣れた自分と同じ高校の制服を着た後姿を見つけ、は声を掛けた。
「遅かったねぇー、て…もしかして仕事?」
「もしかしなくても、だよ。全く…人使いが荒いんだよね」
誰とは言わないが、言わずともそれは自分達の高校教師でもある年上の同居人の事だ。
たまにその“仕事”は、那岐だけでなくにも回って来たりする。
だが、あのにっこり笑顔で言われた日には従わざるを得ないのが痛い所だ。
「それで?今日の夕飯何?」
思わず明後日の方向に遠い目を向けていただが、那岐の言に現実に戻って来る。
「ああ、最近パスタばっかりだったから、今日は茸類安かったし…野菜とかも買って茸グラタンとか作ろうかなぁ、と」
「ふーん」
気のなさそうな返事だが、仕事で疲れてか不機嫌そうだったのが上向きに浮上するのが分かる。
長く生活を共にしてるのも伊達じゃない。
那岐の無類の茸好きはしっかりと把握済みだ。
「て訳で、此処で会ったが100年目よ。那岐、一つ持ってよ」
「何でさ。今日はの当番の日だろ?自分で持ちなよ」
「那岐、紳士でしょ?レディファーストよ」
「いや、意味分からないし使い方違うから」
「全く、ああ言えばこう言う…そんな風に私は育てた覚えはありません!」
「奇遇だね。僕もそんな母親持った覚えがないよ」
所詮減らず口の叩き合い。
学校では寡黙でクールな王子だとか、今年の新入生には騒がれている様だが那岐がこんなに気軽に
喋る所など想像も付かないだろう。
には全くもって日常茶飯事だけれども。
「あーもー…て、あれ?」
の声に那岐の足も止まる。
「那岐、背伸びた?」
「…は?」
隣に来ると立ち止まり、よっこいせと一つ手に纏めて買い物袋を持つと逆の手で自分の頭上に水平に置く。
「ほらやっぱり!」
言われてみれば、確かに。
ほんの数cmだが那岐の方が視線の位置が高くなっていた。
去年の冬位にはまだほぼ同じ位の身長だったと思っていたのに。
「うわー、とうとう追い越されちゃったよー。那岐、ずるい!」
「ずるいって…仕方がないだろ。伸びた分は」
「そんなんってアリっ!?」
私だって毎日カルシウムちゃんと摂ってるのにっ!!
えー?とか身長削れとか文句を言うの顔をちらと盗み見て、那岐は深く嘆息すると
おもむろに買い物袋の一つを取り上げる。
「…那岐?」
「僕が持つよ。何かに任せてると一向に家に帰り着かない気がするし」
「…何か微妙に馬鹿にしてない?」
「そう思うんならそうじゃないの?…それよりも雨が降る前に帰りたい」
那岐の言葉に空を見ると確かに雲行きが怪しい。
これは余り時間の経たない内に降って来るかも知れない。
そんな事を考えていると空いた右手を強く引っ張られ、思わず前につんのめりそうになる。
「って、那岐っ!?吃驚するじゃんっ!」
「はいはい。もう何でも良いから足動かせよ」
口は悪いのだが、それは不器用な優しさの裏返しだって事をは知っている。
身長もそうだが引かれる手も、何処か力強さを感じた。
やっぱり男の子なんだな、と改めて思い直しては気付かれない様に小さく笑った。
自分よりも前を歩く故に、だからも気付かなかった。
那岐の顔が少し赤かった事も。
握られた手が、いつもよりも少し熱かった事も――。
繋がれた手の温もりは
――自分が好きな奴よりも、背が高くなったんだ。それが嬉しくない筈がないだろう?
2008/06/19了
2008/07/14加筆修正。