ねぇ、知ってる?
       僕がどれ程君の事を想っているか…






                             
「君の弱さも、」






       午前終了のチャイムが鳴って、待ち兼ねた昼休憩が始まる。
       皆、友人と共にお弁当を広げたり購買に行ったりと実に様々だ。
       そんな中、お昼を約束していた恋人の名を呼ぼうとして振り返った加地は
       思わず首を傾けた。


       「…あれ…さん??」


       何時も斜め後ろに座っている筈の彼女の姿がない。
       四時限目までは確かにそこに居たと言うのに。


       「日野さん、さん知らない?」


       自分の右隣に座る香穂子を振り返る。


       「あ、ならチャイムと同時に出てったよ?ちょっと購買行って来るって」

       「購買に…?」

       「うん。何時もお弁当なのに、珍しいよね?」


       現在一人暮らしをしているは、何時もお弁当を持って来ていた。
       勿論手製のお弁当だ。
       それは加地がと初めて会ってから全く変わる事はなかったのだが…。


       「もしかして何か飲み物でも買いに行ったのかな?」

       「んー、どうだろ??」


       購買に行くなら行くで、自分にも一言でも言ってくれたら良かったのに。
       仕様がないか、と彼女の帰りを待つ事にした加地だったが、しかし――


       「大変大変っ!!加地君に香穂っ!居るっ!?」


       けたたましい音を立てて教室のドアを開けると同時、もの凄い勢いで飛び込んで
       来た菜美の姿に二人は思わず顔を見合わせた。






       ***






       その頃、主に話題の一端となっていたは購買になど行っていなかった。
       それは真実を隠す言葉のアヤ。
       言ってみれば、別に理由などどうでも良かったのだけれど…。
       只、本当の事を言えば自分の優しい従妹はきっと心配するに決まってる。
       そう分かりきっている事をむざむざ実行する程、自虐心もないつもりだ。


       「――ちょっと、聞いてる訳!?」


       喚く声が鬱陶しくては眉を顰める。
       只今通常時より不機嫌ニ割り増し。
       体裁など知った事じゃない。


       「そんなに怒鳴らなくても聞こえてますが?――…先輩?」


       うざったそうに前髪を掻き上げ、相手を見る。
       の視線の強さに相手方が一瞬怯んだ。
       …この位で怯む程度なら呼び出さなければ良いのに。
       全くもって貴重な昼休みが勿体無い限りだ。
       これ見よがしに溜息を吐くと、当然の事ながら相手方の空気の不穏さが増す。

       ――ああ、もう本当にやってられない。

       いい加減昼休憩がなくなってしまうのも時間の問題だ。
       内心そう毒づきながらも貴重なランチタイムの為にも、は自分から早々に話を
       進める事にした。


       「…で?こんな所に呼び出した用件は何ですか?」


       余りにも直球すぎた為か、それともやはり普段のからは考えられない雰囲気の
       為か…やはり中の幾人かは無意識に怯んで少しばかり後ずさる。
       しかし、ここで踏み止まった残りの数人の内――おそらく、この中ではリーダー
       的な存在なんだろう――1人が勇敢にもに向かって一歩、歩み出た。


       「そうね。回りくどいのは面倒だわ…。だから率直に言わせて貰うけど……貴方、
        加地君の彼女って本当なの?」


       …半ば、予想はしていた。
       何となく、ではあったもののまさかこんなシーンに自分が関係する事になるなど
       今まで欠片程にも考えた事はなかったけれど。

       つまりは、アレだ。


       「私達が言いたい事は一つよ。――加地君と別れてくれる?」


       …ああ、やっぱりか、と。
       何てお約束な展開。
       凡そ予測していた返答と一言一句変わらない台詞には顔色すら変える事すらせず、
       ただ内心で嘆息を零した。





       ***





       「……  加地君と別れてくれる?」


       少し離れていた為深い所までは聞こえてこなかったものの、最後のその部分が
       何故かいやがおうにも耳に入って来てしまって思わず近くの校舎際に隠れてしまう。


       教室に飛び込んで来た菜美の話で、が実際には購買になど行っているんではなく
       数人の上級生に囲まれて校舎裏の方へと歩いて行ったとの報せを受けて思わずすっ飛んで
       来たのだが、さっきので出て行くタイミングを完全に逸してしまった。
       盗み聞きの様で何だか気はひけるのだが、それでも内容が内容なだけにその場から
       離れる事は出来なかった。
       そっと最愛の彼女の姿を見ながら、静かに聞き耳を立てる。


       「…質問の意図がさっぱり分からないんですけど?」


       暫くして態度を変えないまま切り返すに、リーダー格の少女はかっと頬を染めた。


       「それでふざけてるつもり!?貴方は黙って加地君と別れれば良いのよ!」

       「確かに、彼とはお付き合いさせて頂いてますけど…それに先輩達と何が関係あるん
        ですか?」

       「加地君に好意を寄せてる子はいっぱい居るわ。なのに、貴方だけが抜け駆けして…
        それで良い気にでもなってるつもり?はっきり言って、迷惑なのよ」


       …それは確かに。
       彼はフェミニストと言う程位でもないかもしれないけれど、優しいから。
       誰に対しても、優しいから…。
       だから彼のその優しさに、それだけじゃなく彼の人柄に、好意を寄せる人がたくさん
       居るだろう。
       普通の女の子だって、きっと一瞬で恋をする…それも分かってるつもりだ。
 
       でも、自分達だって生半可な気持ちで相手を好きになったつもりはない。
       そしてその自分達の関係に、ケチを付けられる事など決してない。


       「…迷惑?それはこっちの台詞ですよ」

       「何ですって…!?」

       「私は――彼が好きです。この気持ちを偽るつもりなんて毛頭ない…そして、先輩達に
        …他人にケチを付けられる覚えもありません」


       ああ、何でだろう?
       強い確信が、自分の心の中にちゃんとある。

       誰が何と言おうとも…この気持ちだけは裏切れない。


       毅然とした態度では切り捨てる様に言い切った。


       「…貴方達が彼に好意を持つ事を否定なんてしない。でも、本当に好きな気持ちはきっと
        私には誰も敵わない。ましてや、先輩方の様な寄り集まらなければ消える程に安易な
        気持ちなんかじゃないから」


       貴方達の気持ちは所詮――上辺だけのものでしかない、と。

       の言葉に、相手方の中には泣き出す子も居た。
       逆に図星を突かれて怒り出す者も又然り。

       しかし、の方は何を言い出されても動じない――…筈、だった。

       この時は、まだ。


       「何よ…黙って聞いてれば良い気になってっ…」


       冷静な態度を貫くとは反対に、リーダー格だった先輩はわなわなと震えると絞り出す様に
       叫んだ。


       「そんなんだから…前の彼氏にだって捨てられるのよっ!!」





       ***





       冬の森の広場は、他の季節とは違って何処か空寂しい気がする。
       そんな森の広場の奥…小さな池に架かる橋の所で漸く、加地はを見つけた。


       「…さん」


       橋の手摺に凭れて池の水面をじっと食入る様に見詰めていたは、その声に
       びくっとすると瞬時に顔を上げた。

       一瞬だけ、何を言うべきか逡巡して…困った様に眉をハの字に寄せ、しかし
       仕方がないと諦めた様に溜息を一つ零すとは加地に向き直る。
       そんなのすぐ傍まで行って、しかし加地は何も言わずに彼女の隣で同じく
       橋の手摺に凭れた。

       そのまま何とはなしに空を見上げる。
       晴れ渡った空は、夏の様に灼き付けられる様な青さはないけれど…それはどこまでも
       高く。
       少し冷たい風が二人を包む。

       ほんの数秒…或いは数分。
       暫くして、やっとが小さく口を開いた。


       「…さっきの話…聞いてたよね」

       「…うん…ごめん。本当は立ち聞きするつもりなんてなかったんだけど…」

       「ううん…良いよ。事実だし」




       それは、まだがウィーンに居た頃の話。
       あっちのハイスクールに通っていたあの頃…は一人の少年に恋をした。
       まぁ、所謂にとっては初恋ってヤツだったかも知れない。
       告白をして、彼も承諾してくれて…付き合う様になって。
       けれど…昔、誰かに聞いた事がある様に初恋ってのは実らないジンクスでも
       あるんだろうか。
       別れを切り出したのは、少年の方だった。


       『…他に好きな子が出来たんだ…』


       それが一般的な別れ話の口実。
       何が駄目だったんだろう、どうして別れなくちゃいけなくなったんだろう?
       そんなに言った少年の最後の言葉…


       『君は僕に頼らなくても十分強いだろ?だけど…あの子は僕が守ってあげないと
        駄目なんだ』


       傍目に見てもか弱いその少女と、男勝りに強い自分。
       だからって今更自分の性格を変えようなんて思わなかったけれど。
       ああ、自分は“強い”から、必要なくなったのか、と…。

       その時の事を日本に帰って来てからは色々あって、余り考えない様になっていた。
       でもまさか…


       「意外とトラウマになってるんだなぁ…てね」


       ウィーンとは遠い地で、又誰かを好きになるなんて思っていなくて。
       出来れば考えない様にする程、自分にとっては一つの傷になっていたみたいだ。


       「まぁ、でもこんな性格だからさ…別に良いかって思っちゃう訳なんだけどさ」


       言いつつも何となく自分で自分に言い訳をしてる気分だ。
       あははと笑う声も、自分で分かる程普段とは違い渇いてる。
       と、その時、ぐいっと腕を掴まれたかと思うと気付けば加地の胸の中に居た。
  

       「あ、葵く…」

       「さん――僕は君の事が好きだよ?」


       突然の事にびっくりして思わず身を捩っただったが、それを許さない様に加地は
       更に強く彼女を抱き締めた。


       「君の音色に誘われて、この学院に転校して…あの時からずっと君を見てきた」


       両親を説得して星奏学院へ編入したのも、全ては只、“ ”と言う存在の為
       だけに。
       此処へ来てから、彼女の事をずっと自分は見てきたのだ…この目で…
       誰よりも近くで。


       「君の音色も、声も、瞳も、どんな表情も、“君”を構成する全てだよ。それに
        …その男はさんを見る目がなかったんだよ」

       「…え?」

       「確かにさんは強いよ。でも、その強さでさえ、君を構成する一部だって言う事…
        そしてその強さこそが、君の弱さでもあるって言う事だよ」


       そこまで言うと、加地は少し身体を離して微笑んだ。


       「本当の強さと、強がりじゃあ…全然違うじゃない?それは、君の弱さ…

        でもそんな君の弱さも、全て含めて僕は守りたいと思うし…さんが好きだから」


       だから、君は君のままで良いんだと。
       そう言われた気がして、すとんと自分の胸に痞えていた何かが落ちるのを感じた。

       …ずっと不思議だった。
       何で、目の前の加地 葵と言う人物が自分なんかを好きだと言ってくれていたのか…。
       それは、有りの侭の自分を何時でも受け入れてくれていたのが彼――だったから。
  
       自分の心の中に出た答えに何となく嬉しくて泣きたくなって、でも優しい何かに
       突き動かされ微笑みそうにもなって…必然的に泣き笑いな顔のまま、は加地を見詰めた。



       「私も……好き、だよ。私を受け入れてくれた葵君の事…全部ひっくるめて…

        葵君が好きだから」




 







       その頃、普通科2−2の教室では…


       「うわーんっ、帰って来ないよっ!!?ねぇねぇっ、天羽ちゃんやっぱり
        加地君について行くべきだったかなぁっ!?」

       「いや、うん!落ち着いて香穂っ!!まだ午後の授業までは2、3分はあるからっ!」


       もう少しで午後の授業だと言うのに帰って来ない二人を心配するの親友二人の
       慌てふためく姿があったとかなかったとか…。









       ねぇ、どうしたら良いのかな?
       どうしたら、こんなにもたくさんの想い…君に伝えられる??






                                                 ...End.






       ■あとがき□

         加地祭企画に投稿した作品第三段!と言うか、加地夢を殆ど企画でしか
         書いていない様な…これ如何に?orz;
         因みにヒロインについて。香穂子の従姉でヴィオラ奏者&ウィーンからの帰国子女
         設定です!しかし相変わらず短編じゃないね…この長さは…(沈)




                                                 2007/10/30.