「えっ…?じゃあ、今日なのっ!?」

  「そう。私の記憶が正しければ、ね」

  「ふーん…ま、僕には関係な―――ぐえっ!!?」

  「どの口がそう言う事言うのかなぁ?そんな風に育てた覚えはないんだけど?」

  「あ、じゃあ兎に角、急いで準備しなくちゃ、だね」

  「そうね…何と言っても時間がないからね。…じゃあ私が時間稼ぎに回るから、後の準備は
   悪いけど千尋達に頼める?」

  「うん、任せて!!」

  「げほっ…だから、僕には関係ないと言ってるじゃないか…。それに、明らかにの役割の
   方が楽だと思うんだけど?」

  「そう?…じゃあ、那岐代わる?私の代わりに、仕事終わるまで待ち伏せして出て来た所を悟られない
   様にさり気無くお茶か何かに誘って巧みな話題で2、3時間は男二人で上手い事時間潰しをして来て
   くれるって訳ね?本当、助かるわぁ。なら私は千尋と一緒にご馳走の準備でも…」

  「………分かった。――千尋、買い物行くんだろ?ほら、さっさと用意しなよ」

  「え?え??那岐っ、ちょっと待ってよ!!」

  「……全く…最初から素直にそうしてれば良いのに…」



  言うなり、すたこらと先に行く那岐の後を追いかけて千尋が走って行く後姿に、はそう呟くと
  やれやれと小さく肩を竦めた。





 






                   
どっちつかずな君へ




 







  今現在、この少し古びた一軒家で四人、達はいとこ同士で暮している。
  内、三人は葦原姓を名乗っているがだけは別姓であるを名乗っているものの、とは言え一応はいとこ同士の
  関係、ではある。
  それぞれ本当の肉親は居らず、実は全くもって血も繋がっていない――若干、言うなれば繋がってなくもないが、
  それは又話すと長くなるので取り敢えず置いておく――者同士、寄り添ってこの五年を過ごして来た。


  五年も経てば、それぞれの立場も色々と変わってくるもので。


  当時、まだ幼かった千尋と那岐は今年で地元の高校の2年生になった。
  はと言うと、彼女達とは三つも年上だと言うのに、あるどうしようもない理由があって高校を留年し、
  今年、漸く高校3年となった。
  そしてもう一人の同居人…一番年上の、ある意味三人の保護者的な存在である風早は、千尋達の高校の日本史の
  教師を務めている。


  一軒家の二階の一角、与えられた一室では着替えていた私服から再び高校指定の制服へと腕を通した。
  千尋やの通う高校は3年になると進学やら就職やらに力を入れている学校でもあり、ある程度のノルマ授業数さえ
  こなしていれば単位の取得者には進路に充てると言う名目の上で、半日とかで帰れるなど色々と自由が利く感じだった。
  故に、既に必要最低限をクリアしているは、今日も半日で先に家に帰って来ていたのだ。

  姿見の鏡の前に立ち、軽く胸元のリボンを直すと先程千尋達が出て行ったばかりの玄関に向かう。
  外に出て、千尋達が繰り出した商店街とは逆方向への道に足を踏み出す。
  目的地は自分達の通う地元の高校…そこで目的の人物である彼は、まだ仕事中の筈だ。
  夕方を前に赤み掛かって来た空を何とはなしに振り仰ぐと、は何時もの通学路を歩き出した。 




  ***





  「あっ…あれ、先輩じゃない?」


  「本当だ。でも今日3年って授業半日じゃなかった?」

 
  「何か用事があったんじゃない?前、先輩に生徒会長が生徒会の仕事頼んでた事あったし…。
   でも、何時見ても素敵だよねー!」


  「うん、確かに!凄い綺麗だけど…全然それを鼻に掛けてないって言うか…」


  「凄く大人っぽいし、でも誰にでも気さくで優しいんだよねっ!」



  そんな会話が繰り広げられているとは露知らず――と、言うか、自分への他人からの評価など知った事ではない
  と言うのが持論だ――すれ違った数人の後輩達に軽く挨拶をして。
  は真っ直ぐに職員室へと足を運ぶ。
  辿り着いた引き戸のドアを軽く二度程ノックをして開くと、少し大きめな声で言った。



  「失礼します。3−Aのなんですが…日本史のレポートを提出に来たのですが、葦原先生いらっしゃいますか?」



  当然、レポートなど唯の口実だ。
  比較的、近場に立って居た別教科の先生がの姿を見て、気をきかせてくれたのか「葦原先生」と名前を呼ぶ。
  しかし当の本人は既に気付いていた様で、自分の机で振り返った状態のまま、多少驚いた表情を浮かべる風早に
  は満足そうに微笑んで見せた。





  ***





  「珍しいですね。が職員室までわざわざ来てくれるなんて…」


  「…葦原先生、一応まだ此処学校内だと思うんですけど?」


  「ああ、そうですね。あ、でも………ほら。もうこれで、学校外、だね」



  レポート提出(とは名ばかりの名目だったとは言え、場所が職員室故に一応それらしきものは渡した)のついでに
  “帰り、校門で待ってる”、と走り書きをしたメモを挟んでおいたのをちゃんと抜かりなく見てくれたのだろう。
  メモ通り、何気なく校門横の壁に寄りかかって待っていたを見ると、普段家で居る時と何ら変わらない形で
  軽く片手を上げて言うのには呆れ顔で一応、釘を刺す。
  風早は、学校内では常に公私を混同する事を厳しくはないが、それなりに気を使っていた。
  それに幸か不幸か、風早は外見的に見ても長身で、世間一般で言う、良い男の部類に入るのか…其処に居るだけで
  意外と存在感があって何処か目立った。
  風早は学校では先生であり、は生徒なのだ。
  その辺りを考えての忠告でもあったのだけど、当の本人はと言えば一歩、校門から外へと歩き出てふわりと彼独特な
  笑顔を浮かべてそう言うものだから、思わず頭痛がしてくるのは何故だろう?
  とは言え、空はもうすっかり赤から紺へのグラデーションを描いている時間帯で、帰宅する生徒も殆ど居ないのが
  せめてもの救いだろうか。



  「はいはい。そうですねー。これで学校外ですねー」


  「何でそんな投げ遣りなのかな?」


  「この場の勢いとノリ、かな?あ、ねぇ、所でそんな事より待ってる間にちょっとお腹が空いたので喫茶店とか
   寄って行きたいなーとか思うのですが?」  


  「うん、それは別に良いけど…千尋と那岐、待ってるんじゃないかな?」


  「駅前に最近出来た所があってね?其処って店のスイーツもテイクアウト出来るんだよね。で、千尋に
   帰りに買ってきてってせがまれたから…そのついで」


  「成程……それじゃあ、仕方ないですね。行きましょうか?」 



  風早の言葉に頷くと、二人は連れ立って歩き出した。







  ――駅前に出来たとが言っていた喫茶店は、小さいものの少しレトロな感じもあって。
  だが、そんな所が何処か入った人をほっと安堵させる何かがあった。
  カウンター席ではなく、通りに面した席に腰を落ち着かせた二人は出されたメニューにざっと目を通し、
  風早は珈琲を、は紅茶とスコーンを頼み、出て来たそれにたっぷりとクロテッドクリームを塗っている。
  美味しそうにスコーンを口へと運ぶに、風早は珈琲のカップをソーサに置くとおもむろに話題を切り出した。



  「…さて。そろそろ教えて貰いましょうか?」


  「……何を?」


  「―― 一体、何を企んでるんです?」


  「企むなんて人聞きの悪い。理由だったらさっき言ったでしょう?」


  「確かに。でも…本当の所は、もう少し別の所にある…。違う、かな?」



  企んでいなかったら、別に何かを思っての事なのではないだろうか?
  は気付いてないかも知れないが、風早は思案する時に出る彼女の、自らの髪の毛先に指を絡める癖に
  気付いていた。
  後、付け加えるならば、はスイーツでもあるのであれば大体、必ずと言ってケーキを選ぶ。
  そんな彼女が、メニューにはケーキも載っていたのによりにもよって今日はスコーンを選んだ。
  その違いの意味に気付かない程、伊達に五年もの間、生活を共にして来た訳じゃない。



  否――正確には後、数年……。




  『…初め、まして。風早……?、です…』




  師君に手を引かれ、連れて来られ初めて会った時は、まだ幼い少女だった。
  それから…数年と言う時は、彼女を大人の女性へと変えて行くには十分な年月だった。
  そして、その成長を風早は直ぐ傍で見てきたのだ。
  当時長かった漆黒の髪は、今は肩上位までに切られたもののその輝きは失せる事もなく。
  小さかった身体は、細りとした印象はそのままで、手足はすらりと伸び、背も――当然、風早よりは
  低いが――年相応の平均よりは少し高く、伸びた。
  幾年月は、確かに彼女の外見を変えた。
  けれど、当時の面影は違えど、面差しと瞳の強さとその心は今も…決して変わらない。

  だからこそ、彼女の些細な機微の変化すら、風早は直ぐに気付く事が出来るのだ。
  唯それは…傍で過ごして来たからこそ、彼女の内面にも触れ、抱いたこの感情があったからこそ…。
  この場に、昔の友人が居たのならば、風早のを見る眼差しの変化に気付く者も居たかも知れない。
  残念ながらそれは、今この時には叶わない事実ではあったが。



  ――ねぇ、

  俺が君の事を想っているって事を…きっと聡い君は、気付いているんだろう?



  本当の、本音の所、許されるのであれば、いっその事言って伝えてしまいたい位なのに。
  それをさせないのは、彼女の、自分を見詰める時の瞳に深淵に宿る…その強い光のせいなんだろうか?
  それとも…やはり、ただ単に俺の気持ちには気付いていないだけなんだろうか?



  そんな風早の思考を知ってか知らずか、は小さくくすりと笑うと降参とでも言う風に両手を
  軽く持ち上げた。



  「…相変わらず、風早には隠し事が出来ないね…。当たらずとも遠からず、って所かな?」


  「俺には、教えてくれないんですか?」


  「うーん…別に企んでいる訳でもないけど、まぁ、まだ秘密かな?
   …とは言っても、もう何となく分かってるんじゃない?」


  「そうですね…大方の予想と、ちょっとした…これは、俺の期待――ですけど」



  苦笑交じりにそう言えば、「うん、多分予想通りだよ」とにっこり笑って返された。

  は、誰にでも優しい。
  そんな彼女から、今、この時だけは、自分だけに向けられる笑顔。
  だからこそ、勘違いしてしまいそうになる。


  俺の想いを、実はもう知ってくれているんじゃないか、と。


  の在り方を考えると、そんな可能性、ある筈がないと断じる事だって出来るのに。
  期待してしまう。


  知っていて、その上で、受け入れてくれているんじゃないか、と。


  我ながらかなり末期症状に入ってるな、と自分自身で思わず自嘲してしまう程に。




  それから、学校の事やら日常の事やら他愛ない事を話し、大体二時間位を過ぎた頃に
  二人はその喫茶店を後にする事にした。
  会計の時、「千尋に頼まれたのを買うから先に出てて」と言われ、だったら自分が払おうかと
  申し出ようとしたのだが、「今日の喫茶代奢ってくれただけで十分」と即答されてしまった。
  喫茶店から出て来たの手には、四角い箱が納まっていて何処か満足そうな彼女に風早は
  それ以上追求しようとするのは止めた。


  もう既に、日はすっかり暮れていた。
  沈んだ太陽の名残が残っている為か、少しばかり闇も完全な夜の闇ではなく。
  薄っすらと街灯が付く寸前であってもそれぞれの姿を視認する事が出来た。
  此処から千尋達が待つ葦原家には、徒歩で十数分位。
  その間二人に会話は殆どなかったが、それでも、その空間に安心すら出来てしまう。
  帰宅までの明らかに短い時間の中で、切なくも手放しがたい空気がある事に気付いていながらも
  決して口に出さなかったのは、何故だったのか…。



  「あ、お帰りなさいっ!っ!!」


  「やっと帰って来たよ…」



  家に帰り着くなり、嬉しそうな千尋と何処かげんなりとした風の那岐に迎えられ、は思わず
  苦笑した。



  「ただ今、千尋。那岐も…お疲れ。――首尾は?」


  「えーと、上々?」


  「それは良かった。じゃ、私はコレをセッティングしてくるね?」


  「うん、任せて!」



  親指を突き出して笑って答える千尋には頷くと、先程の喫茶店で購入した白い箱を持って
  先に玄関を上がると居間の方へとさっさと行ってしまう。



  「…あれ?俺にはやっぱり内緒なんですか?」



  靴を脱いで玄関に上がる風早のその言葉に千尋と那岐は思わず顔を見合わせる。



  「あ、うーんと…は、何て言ってたの?風早…」


  「まだ秘密、とだけしか」


  「ふーん…」



  風早の返答に那岐は気のないながらも納得した様な顔をして、千尋はと言うと何故か嬉しそうに
  笑った。



  「酷いなぁ…俺だけ仲間外れですか?」


  「ち、違うの!風早っ!仲間外れって言うかそうじゃなくてどちらかと言うと今日の主役って言うかっ…」


  「主役…?」


  「あっ…いやその…」


  「馬鹿千尋」



  自分自身が言ったそれに思わず千尋は口に手を当て、それに対して大仰な溜息と共にばっさりと言うと
  もう付き合ってられないとでも言う様に自分の髪を掻く様に手を突っ込むとそのままが入って行った
  居間の方へと歩を進める。
  と、丁度その時。



  「千尋ー!もう大丈夫よー?」


  「あっ、うん!分かった!!じゃあ、ほら…風早も行こうっ!」



  先に行ったの呼ぶ声がして、千尋はほっとすると風早の手を引いて自分達も居間の方へと足を運ぶ。
  部屋の中に入った途端、風早の目に入ったのは、和室の居間の短い足で支えられた木製の丸テーブルの
  上に所狭しと並んだ御馳走の数々。
  そして、その真ん中には、飾られたベーシックなタイプの苺の乗ったホールのショートケーキ。
  立てられた蝋燭には火が灯り、チョコレートのプレートには“Happy Birthday”の文字があって。
  ぱんっ、ぱんっ、と高い音が突然鳴り響き、驚いて声も出ない風早が横を見るとクラッカーを手にした
  がしてやったりと言った顔で立っていて、にっこりと笑って言った。



  「――誕生日、おめでとう。風早」



  …予想は、していた。
  きっと、達が考えている事がどう言う事なのか、なんて…。
  それでもそれは、その予想を全く裏切らない形で事実となると、こんなにも嬉しい事があるなんて――



  「…ありがとう、。千尋…それに那岐も…」



  この数年。
  毎年繰り返されるこの瞬間を、祝わなかった日は勿論なかった。
  それでも、また、己が生を受けたこの日を迎える事を、再び嬉しいと感じる事が出来るとは…。

  そっと心に宿る温かさを噛み締める様に、風早は穏やかな気持ちのままに微笑した。




 












  「…ねぇ、那岐…さっきの風早の笑顔、私、初めて見た気がするんだけど…」


  だがそれが、誰に向けられたものなのか…流石の千尋にも分かった。


  「そう?僕は何回か見た事あるけどね…」

  「え?嘘!じゃあ、やっぱり風早って…」

  「……まぁ、僕にはどうでも良いよ。関係ないし」

  「…那岐…もしかして、妬いてたりする?」

  「―― 千尋、今日の片付け、一人でやりなよ?僕は手伝わないから」

  「なっ、ちょっと那岐酷いっ!!」





  ***





  そろそろ宴もたけなわになった頃。
  がふと思い付いた様に口を開いた。



  「あ…ごめん風早…誕生日プレゼント準備してなかった…」


  「大丈夫ですよ。ちゃんともう貰いましたから」


  「え?」


  
  きょとんとした顔をするに苦笑しつつ、風早は少し考えると笑って告げる。
  


  「…そうですね。なら、代わりに次の休みにでも何処か行きましょうか?
   今度は打算抜きで…――二人きりで」






 








  俺は、君を想ってるよ。

  君は、俺を想ってくれているのかな?

  それとも…――

 

 

 



  どっち付かずな君の心を、今日も俺は想い続ける。



 








                                                   2008/11/17.
  


 

  ■あとがき。■

  
やっとこさ風早夢アップです。(遅っ)そして初の風早夢ですよ!!がんばり、ま、し、た!
   …何か似非ですか?(え)ヒロインは鈍い訳では決してないと思うんですがね…。(遠い目)
   取り敢えず、風早、めちゃ遅くなったけどお誕生日おめでとー!!