星詠う、君と夜
もう既に深夜とも取れる刻限。
季節も寒さが身に沁み入る冬ともなれば、滅多に雪の降らないこの橿原であっても肌を突き刺すかの様な冷気がそこかしこに滞っている。
そんな中、自室へと急ぐ道すがら石造りの回廊の先に見知った姿を見付けて、忍人は足を止めた。
「……?」
庭へと降りる数段の階段に座していたはその呼び声に此方を振り向くと、また同じ様に彼の名を呼び、軽く笑い掛ける。
「あれ…忍人?どうしたのこんな時間に」
「それはこちらの台詞だ。こんな所で何をしているんだ、君は…」
少し呆れ混じりに告げると、忍人は徐に自らの上着を脱いでの肩へと羽織らせた。
「…って、何やってるの。これじゃあ逆に忍人が風邪引くでしょ?」
「そう思うのなら何故そのままの姿でここに居る?君が体調を崩せば他の皆が迷惑をすると言う事を、少しは自覚したらどうなんだ…」
いや、風邪引いて困るのは別に忍人だって同じでしょ?と言い返したかった所だが、言うが最後物凄い勢いで睨まれそうだったので止めておく。
それに―――忍人の言にも一理あった。
数日前、狭井の君の推挙に端を発し、一ノ姫付きの女官となる為の見習い期間を終えたは正式に着任した。
それも与えられた場所は、一ノ姫の身の回りの世話をする側仕え。
女官長までではないとは言え、これは限られた者にしか許されない…一人一人に責の重い任である事に違いはない。
更にはの様に、護衛も兼ねているのであれば尚更だろう。
故に体調を崩し倒れたとしても、容易に代替がきく訳でもなく。
……それを踏まえた上での言動に感謝こそすれ、文句など本当は出る筈もないのだ。
言い返そうかと考えたのは、単に専らの性格からに他ならない。
…勿論、忍人に対しての心配もあっての事で。
彼だとてよりは少々前だが、ほぼ同時期に岩長姫の所とはまた別の、四道将軍直属として任官を受けている身だ。
それこそ風邪でも引いたら一大事なのは忍人でも変わりないと言うのに…。
とどのつまりは、自室が近いしそう長い時間でもないからと、寝着のままで出て来ていた自分自身が悪いだけの話であって。
近いのなら上着の一枚でも取りに戻れば良いのだろうけれど、忍人の気遣いを無碍にしたくなくて、その好意に少しの間だけと甘える事にした。
「…それで、何してたんだ?」
「んー?いや別に、何って訳じゃないんだけど……」
再度問って来るそれに言い置くと、は先程までしていたのと同じ様に視線を真上へと向ける。
「星が綺麗だなぁ…ってね」
漆を溶かし込んだ様な夜空には満天の星が散らばり、輝いていた。
こんな寒い日は空気も澄んで、心なしか何時もより星がよく見える気がする。
「星…?」
「うん。不思議なんだよねぇ…こうして眺めてると、何かの形に見えてくるって言うか」
怪訝な顔をする忍人に笑うと、ほらこうやってと宙に向かって指を滑らす。
「例えば、あっちの明るい星から下の方の青白い星まで線で繋いで辿って行くと…」
「ああ…確かに。……犬、か?」
「そう?私は小熊っぽく見えるんだけど??」
まぁ、見る人によって捉え方は違ってくるよね等と続ければ、暫く無言でじっとこちらを見詰めて来る。
「な…何……?」
居心地悪さを感じつつ、その視線の意を問えば、若干の呆れが含まれた深い溜息を一つ、吐かれた。
「―――で、何があったんだ?」
忍人の口から飛び出たその言に、一瞬虚を突かれるものの、次には思わず苦笑を零す。
昔から、そうだ。
風早を始めとする兄弟子達は勿論なのだが、ほぼ同期とも言える忍人も実は人の機微に聡い。
こちらがどんなに隠そうとして、幾ら平静を装って見せても容易く看破されてしまう。
これも師君(母上様)の教えの賜物か…否、それよりも、それなりの長い時間を共に過ごして来た故なのかも知れない。
真っ直ぐに向けられる瞳は誤魔化す事を許さないと雄弁に語っていて。
…とは言え、こうなってしまえば誤魔化すも何もないのだけれど。
小さく息を吐いて、は再度夜空を見上げた。
「……昔っからよく星空を眺めててね。小さい頃は何の気もなしだったからか…全然気付いてなかったんだ」
高く、遠い空にきらきらと輝いて。
唯ずっとそれは、そこにある物なのだと思っていた。
それこそ、何も変わらぬままに在り続ける物だと、そう…信じていた。
「分かったのはつい最近なんだけどさ…。まだ暑い季節には確かにあった筈の赤い星が、どんなに探しても見つからないんだ」
強く、何より明るく輝いていた星だったから、一目見れば必ずそれと分かるだろう。
それがない、と言う事は…
「星は、動いてるんだね………変わらないものなんかじゃ、なかった」
ただ単に、綺麗だなぁと眺めていた過去も。
こうして話をしながら見上げている今ですら、刻々と星は動き、変化して…それを繰り返した先に消えて行く。
それはこの世の中に、不変のものなどないのだと、そう目の前に突き付けられている様で――
「そうだな…変わらないものなんて、ない」
きっぱりと言い切る忍人に、自分の抱いていた淡い幻想をあっさりと打ち砕かれた気がして、どうしようもない感情に眉を寄せる。
だが、しかし。
「だが…立場や行く道を違えたとしても―――その根本は変わらないだろう?」
続く言葉に、は弾かれた様にはっと顔を上げた。
「例え今共に居るとしても、何れは離れ離れになる時が来るかも知れない……それでも、俺達は、俺達だろう」
違うか?と問われ、思わず言葉を失う。
しかしそれも数秒の事で。
そうしての口元に刻まれたのは、やはり苦笑だった。
「そうだね……何も、違わない」
それと同時に胸中に感嘆を抱く。
言ってみれば、先に話したのは星に準えた例え話。
ここ最近、自分には焦りがあったのだと思う。
今まで師君の元、共に学び、共に過ごして来た。
何時の間にか、それが当然であるかの様に感じていて。
けれど、兄弟子達は既に己に課された役割に集中し始め、自らも…そして忍人も任官される身となった。
少し前までは、気付けばすぐ傍に誰かが居た。
だが今は、自分の任を全うすればする程、なかなか会って話をする事すら少なくなった。
会おうと思えば会えるのだが、そこが少し寂しかったのは事実だ。
そうして離れてしまえば、自分達の関係もそれぞれも、変わってしまのではないかと…何故か、そう思えて。
要は、目まぐるしく変化していく環境に少し余裕をなくしていたせいかも知れないが。
だとしても、自分のそんな考えの全てを汲み取ったかの様な忍人の言葉は、それ故に自然と心のある所に落ち着いて。
素直に頷いてしまえば、胸の痞えが消えて行く様だった。
そうだ……何を悩む必要があったのか…。
各々違う役目を背負い、それによって離れる事になったとしても…それは“独り”に戻る訳でもなく。
自分達が自分達である事には変わらない…変わりようもないのだから。
「…全く、忍人は凄いね。もしかして読心の術でも使えたりして?」
「使える訳ないだろう。柊じゃあるまいし」
「えっ、柊使えるの!?」
「あいつならそれ位はやりかねない…って、俺が言いたいのはそう言う事ではなくて――」
小さく咳払いをして、忍人は僅かに視線を逸らす。
「……その位の事なら、俺にだって分かる」
だから、その“分かる”事が凄いのだと、言おうとして止めておく。
それは同期としての互いの関係故なのか、それとも…。
先に続く感情に敢えて今は気付かないフリをして、込み上げて来るままにクスクスと笑いながら、は忍人に寄り添うとその肩に頭を乗せた。
触れた場所からゆっくりと互いの体温で、夜気で冷え切った身体が熱を持つ様だった。
一瞬、ビクリと微かに身体を震わせて、少々の沈黙の後、やはり何事もなかったかの様に口を開く。
「…何をしているんだ…」
「うーん…何となく?」
相変わらず笑ったままの、何処かからかいの色を含んだの声音には既に寂しさを感じさせる物は何もなく。
その事に安堵しながら、忍人は全く…と仕方なさそうに嘆息を一つ。
「…勝手にしろ」
「うん…勝手にする」
そんな他愛のないやり取りをしながら、そのまま暫くは忍人と二人、時間の許す限り星空を眺めていた。
***
―――星が時を巡り、再びこの空に還り来るものである様に、何があったとしても自分達も変わる事はないのだろう。
けれど、その間を結ぶ感情が仲間に対するそれとは別の何かに変化しつつある事を…どちらともなく、だが確かに、予感していた―――
2012.02.10.
//ある冬の夜の星語り…と言っても星について本当に語っているかどうかは謎なお話(え)
遥か4・ヒカリの一章の何処かの間話な感じです。頑張って甘くしようとして、間違ってしょっぱくなった
みたいな;;
元ネタ的には星座のお話をしようって事なんですが…それについてはほんの一部しかないって言う…orz;
拍手、本当に有難う御座いましたっ!!